桜は随分と久しぶりにさくらになったが、枝は一向にしならなかった。自分を見もしない人間に、さくらは取るべき行動を知らなかったのだ。

 人間が桜の下に来る回数は徐々に増えてきた。連れは人間と共に来て、少し経ったら帰ってしまい、そのまま日が沈むまで戻って来なかった。

 さくらは人間の隣に、あの日のまま寝転がっていた。人間は桜を見上げもしなかった。さくらを見下ろしもしなかった。桜の下で、ただ森を眺めていた。

 さくらは何かを言いたかったが、生憎声は持っていない。何かをしてあげたかったが、生憎すべき事が見つからない。

 人間は連れが行っても帰っても何も言わなかった。連れは少しやつれたようだった。

 笑わない人間を見て、さくらは考えた。どうやら自分が見えていないと、それだけではないらしい。そうだ、自分を見た人間はたくさんいた。しかし連れにも人間にも自分は見えていないらしい。

 ひらりと人間の頭に葉が落ちた。さくらは動かない身体を起き上がらせて、手を伸ばした。さくらの指先には葉が挟まれたし、人間の髪にも触れる事が出来た。一応自分は此処にいるのだと、さくらは考えた。

 もう随分冷たい季節になった。桜は枝いっぱいに蕾を用意し、来たる春に向けて栄養を蓄えた。

 ただ季節を巡らせる為ではなく、花が咲けば人間が笑うのではないかと思った。人間の笑顔を、さくらはとんと見ていない。人間の声を、さくらはとんと聞いていない。

 今年は一度も雪が降らないようだった。綺麗な花が咲くだろうかと不安になる。少し咲いたくらいでは、人間は笑わないように思われた。

 さくらはもう毎日のように連れられてくる人間の隣で春を待った。今まで来るとも無しに迎えていた春を、さくらは待った。

 一年がこんなに長い事をさくらは知らなかった。長い間生きてきて、さくらは花の待ち遠しさを初めて知った。人間が笑わない事で、寂しいと感じる事を初めて知った。

「…………」

 さくらは口を動かしたが、声は全く無かった。人間は聞こえなかったのか、聞けなかったのか、何も言わなかった。さくらも、返事を期待したりはしていなかった。

 新春を過ぎ、日差しに温かさが混じってきた。春ももう近いのだとさくらは思う。

 人間は、春の陽を待たずに訪れを止めた。