人間がさくらを訪ねる回数は確かに減っていた。一日が空き、二日が空き、三日四日と会う機会は減っていった。

 仕方の無い事だ、人間は桜のようにただ立っているだけではいられない。いつか月が二回満ちて欠ける間にたった一度会うかどうかのようになっていたが、さくらは桜に戻る事をしなかった。桜に戻ればしなった枝が全て失われてしまうからだ。声の無いさくらにとって、表情はかけがえのないものだった。

 雨が降り、風が吹き、さくらは枝に座り続けた。さくらは濡れても問題はなかった。むしろ心地が良かった。なにせさくらは桜なのだ。

 澱んだ空から同じく澱んだ光が注ぐ。昼間ではあったが辺りまで一段階ほど暗く見えた。そんな中に、この時期の山には無い色が二つ視界を過ぎった。木々と違って濡れることを嫌う人間がさす傘というものだ。あの人間も、何度かあんな色の物を持ってきた。

「ほら、あの桜!」

 繁った葉の中で、さくらは大きく丸く目を見開いた。その声は確かに、見慣れた人間のものだった。しかし、その隣にはもう一つ傘が並んでいる。傘に埋もれる瞳が、人間の言葉に顔を上げた。

 ばさばさ、と古い枝や新しい枝、朽ちかけた花が地面に落ちた。

 一足早く桜にたどり着いた人間が、不思議そうに声を零す。桜の周りを歩きながら、繁る葉の間に目をこらした。さくらの姿は何処にもなく、人間はつまらなそうに眉を寄せた。

 ようやくやって来た人間の連れを桜は見つめた。優しげに笑っている。人間が話すさくらの話を、楽しそうに聞いている。会いたかっただとか、話してみたかっただとか。連れは時折そんな言葉を相槌にして聞いていた。人間はまだ、さくらを探していた。

 桜は思った。この人間の連れならば大丈夫かもしれないと。自分を見て、叫びながら逃げ出すような事はしないかもしれない。だって、この人間と一緒に笑い合っているのだから。

 けれど桜はさくらになる事が出来なかった。人間がさくらを探している事はよくわかったが、桜には出来なかった。

 桜は、鳥も人間も嫌いになって久しかった。