それからも人間はさくらを訪ね、話す事の出来ないさくらの分まで話し続けた。遠い昔に話した鳥とは違って、人間の話は手が触れられそうなほど身近なものだった。たまに空想や夢も口にした。

 鳥も人間もそのうちいなくなる事をさくらは知っていた。この場から逃げなかったとしても、桜より先に彼らはいなくなるのだ。それは小さな虫も狐や兎も同じ事で、さくらは今までも何度かその亡骸を埋めてきた。だから自分は少し赤いのだとも知っていた。

 さくらがぼんやりしていると、ほとんど変わりもしない顔を見つめて人間は問う。

「どうしたの?大丈夫?」

 ただ感慨に耽っていただけの事なのに。

「なんか寂しそうだったから」

 人間は喋らないさくらの声をよく聞き取った。会話らしい会話を、さくらは初めてした。頬をほんの僅か緩ませると、人間はすぐに笑った。

 けれどさくらは知っている。人間はそのうちいなくなる事を。花が散って、葉が芽吹いて、小さな蕾が現れ、白い衣を纏う。それを数十回繰り返す。たったそれだけで人間はいなくなるのだ。

 だからさくらは少しでも笑おうと努力した。桜にならなければ枝は少しずつしなるようになって動きはなめらかになっていった。たまに壊れた所を継ぎ足して、さくらは人間と同じように笑えるようになった。

 毎日やってくる人間は、あまり生活の事を話してくれない。ほんの少し、声を出せないのを歯痒く思った。

 数回花を咲かせると徐々に人間は桜から足を遠ざけるようになったが、また来るとわかっているからさくらは寂しくなかった。