人間の細すぎる身体は、さくらが抱き着いたそのままに倒れ込んだ。あまり力が入れられないのか、それとも。さくらは上に乗ったままで暫くいたが、ようやく目から流れる水が止まったのを確かめてから退いた。人間は怒りもせず、ただ笑っていた。いつかさくらが見た笑顔を浮かべていた。

 座っているのも辛いのか、人間はさくらが横に座っても起き上がらなかった。さくらも隣に寝転がろうと思ったが、これ以上動かすとどうにか身体を保っている枝が折れて腕の一つも落ちそうだったのでそのままでいた。

 さくらはゆっくりと目を閉じて、この初夏も近い森に桜を咲かせた。一つの蕾が開き、二つの蕾が開き、桜はあっという間に満開になった。勢いがついて、少し散り始めてしまったのが残念だった。それでも人間は笑ってくれて、さくらはつられて硬く笑った。

「綺麗、だね」

 人間は重苦しい息の下で呟いた。さくらは嬉しかったが、それよりも人間の身体が心配だった。何処もかしこも冬の枯れ枝のようになってしまって、面影だけが人間をさくらに認識させているだけなのだ。さくらは、軋む腕を伸ばして人間の手を握った。

 人間の返してくる力は弱かったが、その温もりは昔と変わらないように思えた。さくらはやっと少しだけ安心して、人間の上に降り注ぐ桜の花びらの一枚一枚を丁寧に払っていった。

 さくらが話さないのは当たり前だったが、人間が話さないのは当たり前ではなかった。小さく小さく桜を褒めたきり、人間は目を閉じてしまった。初夏の陽射しは辛いだろうと、さくらは桜の枝影をその上に重ねた。

 疲れているのだ。人間は疲れて、こうして体力を取り戻そうとしているのだ。大人しく寝かせておこう。大丈夫、まだ、生きている。

 さくらは取っては落ちてくる花びらを何度も払ったが、それより早く花びらは人間を覆っていく。さくらの手が伸びるのは顔や胸元だったから、足の方には随分と重なって覆われてしまいそうだった。

 また湧き上がる不安と、ほんの少しの恐怖がさくらの身体を重たくさせた。桜はこれからどれだけ生きるのかわからない。けれど、人間はいなくなる。今までの鳥や狐や兎のように、人間は確かにいなくなる。そして、それはもうすぐなのだろう。

 さくらは思う。その後はどうすればいいのかと。人間が自分の足元で生きる事を止める前に、早くあの連れが来てはくれないかと。

 見たくない。さくらは小さく口を開いた。声の欠片もないそれは、ただ目の前に落ちる花びらを揺らすだけだった。

 見たくないのだ。花びらを払うさくらの手が止まった。ひらひらと降り注ぐ花びらは、その隙にと人間の頬や髪に落ちて、落ちて、重なる。

 人間が生きる事を止める所なんで、見たくない。

「………、」

 さくらの唇が震えて、花びらに混じって水が落ちる。それに呼応するように花びらは降った。次々落ちる花びらは、今のさくらにはただ疎ましく、ありがたかった。

 人間はまだ眠ったままで、さくらの指は震えながらその頬を滑った。