桜は長く生きる間に考える事を覚えた。それは今日の天気から自分の生きる理由まで様々だったが、答えは出なかった。桜の周りの木は皆若く、誰も考える事を覚えてはいなかったのだ。一人考えていても答えは出ないという事も知らず、桜はただ考えていた。

 桜は次に鳥になる事を覚えた。枝先や花を縒り合わせて、桜は飛び立てない桜色の鳥になった。たまに渡ってくる鳥達はいろんな事を教えてくれた。地面はずっと続いているのではなく、海という水溜まりもある事。平らに見える世界は実は丸くなっている事。何度も頷いて熱心に聞いていたが、いつか鳥達はつまらなそうにさくらから離れていった。桜は鳥の声を聞かなくなった。

 またある時、桜は人間になる事を覚えた。たくさんの枝と花を縒り合わせて、桜は髪と瞳が桜色の人間になった。桜は大分山奥にいたが、たまに人間が迷い込んでくる事があった。人間は初めさくらを見て安心するのだが、すぐにその髪や瞳に気付いて一目散に逃げ出した。さくらは引き止める声も悲しむ涙も持っていなかったし、枝は固く表情を作るのは難しかった。

 見上げる空はいつだって青く澄んでいたが、さくらはそれを綺麗だと思う事を忘れた。現れては離れる鳥も人間も嫌いになって、鳥になる事は止めたし人間は脅かして引き返させた。

 桜は悲しかった。自分の張る根で他の木と身を寄せる事も出来ず、ただ一人で考え続けた。話そうとしても声がなかったから、たくさんの考えに答えは一つとして出なかった。

 桜は、寂しかった。